本当に怖い人間に会ったことがあるだろうか。
まあ、大概の人は「学校の教師」やら「鬼コーチ」やら「嫁」やら、ありきたりのことをいうだろうが、本当に怖い人間とは、そんなもんではない。
本当に怖い人間は、少しのことでは怒らない。かつ、「丁寧」である。
この場合「怖い」という言葉では少し足りないかもしれない。「敵に回したら」とかいう枕詞をつけたほうがわかりやすいだろう。
私が東京に居てバイトを探していたとき、歌舞伎町のある雀荘の従業員のバイト募集があったので面接に行った事がある。今から考えたら、どう考えても受からない。なにせ今でも麻雀の点数計算が出来ないのだから。ゲームで麻雀の役を覚えたての私は、それでもなんとなく面接に行った。そりゃ、お茶くみぐらいは出来るんだから。
ところがまあーー。多分、私が今まであった中で、ある意味で一番「怖い」人間に会った。
雀荘に入り、履歴書を出す。バイトの履歴書は普通、高校卒業年度から学歴を書くものだが、そこにクレームがついた。「君、普通、小学校から書くもんじゃないの」と。
そんなこという面接はまず無かった。私がバイトした中で一番立派な方のバイトはコナミの新作ゲームのモニタリング会社で守秘義務まであったのだが、そこでも小学校からの経歴なぞ聞かれもしない。
あとは私の人間性を測る感覚なのだが、今思えば、その雀荘の面接の相手は声が非常に丁寧であった。就職面接で高知新聞の面接官とも話したが、高知新聞のより丁寧だったと言ってもいい。
私はそこのバイトは勿論のことポシャったが、まあ、良かったと思っている。
他にも歌舞伎町で色々とあって、「丁寧な人間ほど怖い」という結論に達した。
そこらのすぐ怒るチンピラもそりゃ怖いが、商売柄、元ヤクザのお客も相手をする父親に「元ヤクザの人と会わせて見て」と興味本位で言ったが、「人殺して自慢してるようなぐらいのを会わせてもなあ」と、笑ってかわされた。実際、殺人沙汰ぐらいは起きてた地域だ。父親が仕事を始めた頃はヤクザが闊歩し、うちに普通のお客さんとして一度来たどこかの親分さんも「どうなったの?」「高知で撃ち殺された」という会話もここでは普通だ。うちに踏み込んだ事のあるチンピラにも、強くは抵抗せずに警察を呼んだ。法律を、「判例」という言葉も知らぬ父が「過剰防衛」を気にしていた。うちに踏み込む相手に対して。その頃は散弾銃も家にあったのに、である。
父親も、嫌な事があれば怒るより避けるタイプである。例えば近所のサイコパスの家の前を通るのも嫌がる。おばあさんから散々悪口を聞かされただからという。だが、事が起きれば、そのサイコパスの味方は消し飛ぶだろう。井の中の蛙に過ぎない。夜のエルサレムを一人で迷ってみろと言っても、監視カメラだらけで安全な歌舞伎町の「裏店」に夜中に行って見ろと言っても、尻込みするようなやつらだろうから。
父親も、その血を受け継ぐ私も、他から見れば「怖い」人間なのだろうか。
でも私はまだ「怖い」までは行っていないだろう。
東京に居た頃、通販関係で私に好意的に送っていただいた商品の乾物を郵便置けから盗られたとき、私は少しだけキレて、夜だったが、近所の看板を素手で殴りまわったし、頭の痛みが取れないときは、神奈川だったが、自販機に回し蹴りを喰らわしていた。
だが、最近は変わってきた。
法律を覚えてからだろうか。それとも父親の血が騒いできたのだろうか。近所のサイコパスが何を言おうと、法律でがんじがらめに出来るように事実関係を仕込んである。麻雀のツミコミのようなものだ。「ゲーム」が始まってツモりあえば、自然と自分に手が入る。配パイは平等なように「見せ掛け」てある。配パイが悪ければ、かかっても来ないだろうから。
以前はへらへら笑っていた室戸の子供も、私を見ただけで声のトーンが下がるようになってきた。私は耳ざといようだ。まあ、田舎の噂だから、私が仕込んだより他の噂も流れているかもしれないが。私がボランティアに行ってたらしい保育園の保育士も何をうちの母親に言ったのだろうか。えらく傷になってる。許さない。
でもまあ「怖い」の定義も人様々だ。私にとって怖いのは「善人づらした悪人」だが。でもそんな人間には「善人しばり」が効く。地位、名誉、名声が彼らの存在意義であり、プライドであり、そして「枷(かせ)」である。法律やらその他の方法で簡単に操れる。私が死にそうな勢いですがったのをせせら笑って振り払った親戚の愛宕の脳外科医にも、それなりの手段が取れる。現実的にも、人道的にも。法的には難しいが。
その医者の親は私立土佐塾中高等学校で「弓道」を教えているらしい。息子に「道」を教え損なったクズにすぎない。私にとっては。
・・・怖くなったなぁ。我ながら自分の境遇が。でもまあそのクズには良い情報を貰ってるし。なにかって、以前は医者は遥かに頭の良い人間がなるもんだと思っていたが、たいしたことが無い。そういや私も高1の時の主任面談で「今から頑張れば東大、京大は無理でも高知大の医学部ぐらいはいける」とか言われてたそうだし。
今は、そんな言葉を信じなくて良かったと思っている。あんなクズの役立たずの仲間入りをするぐらいなら、早稲田のかつての夜学で、ぼうっと言語学の授業でも受けている方が良い。フリーゲームを作っている半病人でいい。歌舞伎町の広場で、ホームレスの隣に腰掛けてワインをラッパで飲んでいる方がいい。
・・・タイトルとずれてしまったが、これが私の本音である。元々大学にも行く気がなく、ゲームの専門学校のパンフレットを取り寄せていた。だがしかし、少なくともどこか人間のように、校長時代に生徒をマラソンで殺しておいて、のうのうと「教育委員長」という「地位」にしがみついている文字通り「出来損ない」よりいい。「医者」なら、「警察」なら、「教諭」なら--ああ、書いてるだけで鬱陶しい。
反吐が出る。
どこぞにいる神さんは、私に面白い試合を組んでくださったようだ。どこにいるか居場所さえわかったら、私の名前も「イスラエル」になるだろう、が。
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